勉強しても成績が上がらない

成績を改善するための方針

成績が上がらないという理由で、本人が責められることがあります。そのとき、次のようなことがよく言われます。

  • 勉強法が間違っている。
  • 基礎が身についていない。
  • 集中力が足りない。
  • 効率が悪い。
  • 勉強時間が足りない。
  • 問題を解く数が少ない。

しかし、本人を責める前に、学校教育や入学試験で必要とされる能力のうち、本人の得意なこと苦手なことを理解することが大切です。

勉強に関する個人差

本人の得意なこと苦手なことを理解するためには、様々な人の勉強の様子を比べることが必要です。2つの理由があります。

  • 本人のどのような点に注目すべきか、決めるため。
  • 「勉強すれば、(だれ)でも同じようにできるようになる」という錯覚(さっかく)を打ち消すため。

比べるのは、定期試験と模擬(もぎ)試験の点数・偏差値(へんさち)・順位だけではありません。日常的な勉強の様子会話なども(ふく)めます。勉強に関する個人差は、点数・偏差値(へんさち)・順位だけでは分かりません。

勉強に関する個人差の具体例を挙げていきます。

日常的な勉強の様子に関する(ちが)

人によって、日常生活の中で得られる知識、見聞きしているものが異なります。

例1-1:負の数

人によっては、小学3年生くらいでも先取り学習することなく、負の数(マイナスの数)の大小関係が分かります。

日本国内で普通(ふつう)に生活していれば、冬の天気予報で、札幌(さっぽろ)仙台(せんだい)などの予想気温がマイナスの数になっているのを見ます。

北海道・東北地方は、九州地方よりも寒くなります。すると、マイナスの気温はプラスの気温よりも寒いということが分かります。

また、札幌(さっぽろ)は、冬の間、仙台(せんだい)よりも寒くなります。すると、マイナスの気温どうしを比べたとき、マイナスの後の数字が大きい方が寒いということも分かります。

他方、中学2・3年生で、マイナスの数の大小関係が分からない人もいます。

例1-2:(きたな)い字が読めるかどうか

同じくらいの年齢(ねんれい)の人でも、走り書きの(きたな)い文字列が読める人と読めない人がいます。

一般に、文章やメモの文字がいくつか読みにくくても、次のことを手がかりに、ある程度その文字を推測し、文章やメモを読むことができます。

  • 読みにくい文字
    • 全体の形
    • 判読できる部品
  • 熟語の知識
  • 文章自体の文脈

たとえば、歴史に関するメモとして「第一次世界大□」(□はつぶれた文字)と書いてあったとします。人によっては、一応、□が「戦」だろうと推測できます。他方、中学生で、このような文字を推測できないことがあります。

人によって、文章の読み方が異なるということが分かります。

学校の授業に関する(ちが)

学校の授業についても、得られる知識、見聞きしているものが異なります。

例2-1:空欄(くうらん)を埋めることができるか

学校の先生の中には、空欄(くうらん)をつけたプリント・ファイルを使う方がいらっしゃいます。生徒は、先生の授業を受けながら、その空欄(くうらん)()めていきます。

学校の先生は、授業中に空欄(くうらん)の内容をすべてご説明なさっているのだろうと思います。それでも、空欄(くうらん)を一部しか()められない生徒もいます。このような学生は、地域内偏差値(へんさち)60以上の進学校にもいます。

例2-2:授業についてどのくらい覚えているか

その日にあった英語の授業の内容について、説明してもらうとします。

中学生の中には、(あつか)ったページについて、内容を説明し、英単語をすべて書くことができる人もいます。他方で、高校生の中には、授業を無視して自習しているというわけでもないのに、学校の授業で読んだページを開けない人もいます。

自習に関する(ちが)

例3-1:テキストが読めるかどうか

学校の先生は、「予習と復習が大事」とよくおっしゃいます。

しかし、テキストを読んで理解することができなければ、予習は難しくなります。

問題集で勉強する際に解き方が分からないなら、通常、問題集に付いている解答解説を読みます。解答解説が読めないなら、分からない問題を解くことができません。

例3-2:問題を解くのにかかる時間

問題を解く速さにも、個人差があります。

例えば、因数分解(中学3年)を数学の苦手な高校3年生が1回やる間に、数学の得意な中学3年生は3回以上できるかもしれません。

1問を解くのに時間がかかるなら、いくら勉強時間が長くても、練習量は少ないままです。また、復習する時間が足りなくなれば、暗記にも悪影響(えいきょう)があります。

例3-3:夜間の学習時間

夜10時くらいになると、通常、(ねむ)くなってきます。

十分に学力が高い場合には、少し(ねむ)くなったとしても、ある程度は勉強し続けることができます。

他方、勉強が得意でない場合、(ねむ)くなると、勉強がほとんどできなくなるかもしれません。例えば、中学生や高校生でも、(とな)り合う2辺の長さが分かっている長方形の面積が求められない状態になるかもしれません。

「できない」ということを認める

勉強の得意・不得意には、大きな個人差があります。そして、その個人差は、本人の努力で縮めることができるとは限りません。

本人の状態を調べる中で、「勉強が難しくて、今まで大変でしたね。」と認めるべき場合も、多いだろうと思います。

指示内容を改める

できないことを指示してはなりません。

もちろん、できるかどうかは、やってみないと分かりません。しかし、少なくとも、次のような指示をすることは、多くの場合、理不尽(りふじん)であるように思います。

  • 中学校で(あつか)う漢字が読めない高校生に、東大・京大の受験生が読むような世界史の教科書を読ませようとする。
  • 割合や速さの計算ができない高校生に、化学の濃度(のうど)などの計算をさせようとする。
  • 英語の助動詞(canやwillなど)を覚えられない高校生に、高校英語の長文を読ませようとする。
  • 1次関数のグラフを()けない高校生に、三角関数をやらせようとする。

「やればできる」という(うそ)(たよ)らず、本人にとって現実的な負荷をかけることが大切です。

反論できるか確かめる

できないことを一方的に指示するのも、理不尽(りふじん)です。

本人は、次のような理由によって、できない理由を説明できないかもしれません。

  • 自分では、できない理由が分からないから。
  • 単語力・文章力が十分ではないから。

その場合、できないことを指示されても、適切に言い返すことができません。次のような言動で終わってしまいます。

  • ただ「できない」と言う。
  • 解説を読まない。
  • 問題を解かない。

結局、他人から一方的に責められ続けることになります。

本人ができなくて困っていることの例

例1:分解してまとめること

次のようなことが苦手であれば、勉強に苦労します。

  1. 物事を細かく分けて理解すること。
  2. 後から全体をまとめて理解すること。

例1-1:漢字を分解して部品を並べること

漢字を書くとき、多くの場合、部品を適切な場所に置くことになります。(もちろん、人によって、または漢字によって覚え方は異なるとは思います。)

「岩」という漢字は、「山」と「石」という部品を上下に並べています。また、「覇」という漢字は、「覀」を上に、「革」を左下に、「月」を右下に置くことになります。

漢字を部品に分けたり、部品を並べたりすることが苦手である場合、漢字を覚えるのに苦労するかもしれません。

例1-2:等式を分解してから読むこと

等式は、3つの部品から成り立っています。基本的な等式では、中央に等号(=)、左右に式があります。\[5x-3=2x+6\]等式を読むためには、少なくとも、次の2つのことが必要になります。

  • 等式を3つの部品に分ける。
  • 3つの部品を1つのまとまりとして認識する。

等式を上手く扱えないのは、等式をうまく認識できないからかもしれません。

例2:文字と音を結びつけること

文字には、音がありません。文字の音は、人の声帯・口・鼻などから出ているのであって、文字から出ているわけではありません。このことは、ひらがなやカタカナにも当てはまります。

例2-1:漢字と音を結びつけること

漢字の試験では、ひらがな・カタカナを漢字に変換(へんかん)するという問題が出ます。漢字そのものを知っていても、漢字の読み方が分からなければ、そのような問題に答えることができません。

特に熟語を書く際、使う漢字が合っていても、次のように順番を間違(まちが)えてしまうこともあります。

  • カイサイする→催開する

また、音を文字に変換(へんかん)しにくい場合、同音異義語のある語(例:参加・酸化・産科)や長い熟語(例:財政健全化)を他人が口頭で言った際、聞き取ったり、その意味を理解したりすることが難しくなるかもしれません。

歴史について、「源頼朝」という文字列を知っていても、発音と結びつかないこともあります。この場合、学校の先生が口頭で「(みなもとの)頼朝(よりとも)」と言った際、手元の教材に書いてある「源頼朝」という文字と結びつけることが難しくなるかもしれません。

例2-2:英単語の文字列と音を結びつけること

英単語の文字列は、音と対応しているものが多くあります。例えば、「ea」という文字列は、仮にカタカナで表すと「イー」と発音される傾向(けいこう)にあります。

発音規則を覚えられない場合、発音から文字を推測することができません。英単語の文字列を覚えるのが難しくなるかもしれません。

例3:記憶(きおく)すること

記憶(きおく)には、次のような段階があると思います。

  1. やったことがない
  2. 答えを見聞きすれば、そういうものがあったと思い出せる。
  3. 他人から言われなくても、思い出せる。

ここで注目すべきことは、第2段階から第1段階に(もど)るまでの時間です。この時間が短いなら、客観的にはすでに学んだとされる事項(じこう)でも、本人の記憶(きおく)では初めて学ぶ事項(じこう)になるという場合が増えます。この場合、本人の記憶(きおく)では、復習(=すでに学んだことを()り返し学び直すこと)が成り立ちません。

例えば、人によっては、2日前に(あつか)った英単語に対し、初めて見たかのような反応をするかもしれません。この場合、英単語の復習が難しくなります。

例4:起きていること

分からないことがあると、急に(ねむ)る人がいます。

(ねむ)るときは、通常、しばらく眠気(ねむけ)我慢(がまん)して、それから(ねむ)るのだと思います。例えば、寝不足だったりご飯を食べたりして、段々と(ねむ)くなって、授業中に(ねむ)ることになります。

そうではなく、分からないと、説明している他人の目の前で急にうとうとするのです。

本人のできることとできないことを調べる方法

時間をかけて調べる

本人のできることやできないことを調べるためには、長い時間をかける必要があります。

ある作業ができるかどうか調べる際、時間をおいて、何回か繰り返してもらわなければなりません。

例えば、人には、調子の良いときと悪いときがあります。睡眠が十分でないことがあります。また、家庭教師と初めて会ったとき、緊張してしまうこともあります。このような場合、問題を解くことに失敗しやすくなるかもしれません。

ある作業を1回失敗したからといって、その作業が完全にできないとは限りません。

問題を細かく分けること

セキツイ動物の神経系は、次のように分けられます。

神経系 中枢神経系
脊髄せきずい
末梢神経系 体性神経系 感覚神経
運動神経
自律神経系 交感神経
副交感神経
  • 神経系は、中枢神経系と末梢神経系に分けられます。
  • 中枢神経系は、脳と脊髄せきずいに分けられます。
  • 末梢神経系は、体性神経系と自律神経系に分けられます。
  • 体性神経系は、感覚神経と運動神経に分けられます。
  • 自律神経系は、交感神経と副交感神経に分けられます。

高校生がこの分類を覚えられない場合、「繰り返しなさい」と指示するのもよいかもしれません。

しかし、それでは効果が出ない場合があります。そのとき、簡単なものとしては次のようなことを考えます。

  • 次の漢字が書けるか。意味を知っているか。
    • 神経
    • 中枢
    • 自律
  • 「体性」という語に、なんとなく「体っぽい」などの印象を持っているか。
  • 脳には、神経細胞がたくさんあるとなんとなく知っているか。
  • 脊髄せきずいというものがあるということ知っているか。

「分かった」という言葉の使い方

本人ができること・できないことを調べる際、「分かる」「分かった」という言葉に注意しなければなりません。全く分からないのに「分かった」と言ってしまうことがあるからです。

他人から指示された直後に「分かりました」と言ったとします。この言葉は、通常、次のような意味に解釈(かいしゃく)されます。

  • ある程度、他人から指示された作業をすることができる。
  • ある程度、他人から指示された内容を説明することができる。

分からないなりに話を進めてもよいときには、「とりあえず話を進めて大丈夫(だいじょうぶ)です」などと言うはずです。

少なくとも、「分かりました」と言った直後に「どうやるんですか」と質問する場合、本人の「分かりました」という言葉の使い方について調べる必要があります。

分からないのに「分かった」と言ってしまう理由

分からないのに「分かった」と言ってしまう理由としては、一応、次のものが挙げられます。

  • 他人から「分かるに決まっている」という圧力を感じるから。
  • 「分かった」という言葉を間違(まちが)って覚えているから。

他人から圧力を感じる

他人から「分かるに決まっている」という圧力を感じるというのは、例えば次のようなことです。

  • 他人が「分かった」と言っているときに、自分だけが「分からない」とは言い出しにくい。
  • 「分からない」と言うと、他人から軽蔑(けいべつ)されたり、(おこ)られたりする。
  • 他人に何度も同じような質問をすると、その他人の機嫌が段々と悪くなっていく。

これまでに学校・(じゅく)・家庭などで「分からない」と言ったとき、他人からひどい(あつか)いをされたことがないか、確かめる必要があります。

「分かった」という言葉を間違(まちが)って覚えている

「分かった」という言葉を間違(まちが)って覚えていることがあります。例えば、「他人の口から出てきた音を、一通り大人しく聞き流し終えました」という意味で、「分かった」と言っていることがあります。

小学校・中学校・高校と何年も学校・(じゅく)・家庭教師の授業を理解できなかったなら、「(相手との人間関係にもよるが一応)他人が言っていることを理解しなければならない」という規則が身に付いていない可能性があります。

対処方法

「分かった」と言ったとき、何が分かったのか本人に明らかにしてもらうことが大切です。

なお、本人が「分かった」と言った後に、何が分かったのか(たず)ねます。すると、次のように答えるかもしれません。

  • 「先生が説明したこと。」
  • 「テキストに書いてあること。」

これは、説明として成立していません。